うつでキツいのは「自分の価値」「生きる意味」が見えなくなること

最近本当に朝晩さむくて、私もほんのり風邪気味です。
みなさん風邪引いてませんか?

昨日一日久々に動けなくて、ちょっと精神的にも落ち込みました。

体調が悪くなると、メンタルも引きずられます。
うつ状態がひどかったときというのは大抵体が思うように動かないので、そのときのことを思い出すんだと思います。

からだが鉛のように重くなって、動かなくなる絶望。

「あぁ、今日もなもできない」

とぼんやり思うんです。
それから布団の中から見える天井が、涙でぼやけて見えなくなる。

今思い出しても、泣きそうになります。

うつの何がいちばんしんどいかって、「大人の人間として当たり前にできることができなくなる」ということです。

人よりできていたハズの仕事ができなくなって、そのうち仕事そのものができなくなる。
普通にできていた食事の支度は失敗ばかりになってできなくなり、次第に夕飯の買い物すらできなくなる。
次第に他の家事もできなくなる、テレビが見られなくなる、お風呂に入れなくなる…。

当たり前のことが普通にできなくなるのは恐怖です。
自分の価値がわからなくなるからです。

今の私、生きていてどんな価値があるのって毎日思っていました。
でも家族は「生きているだけでも価値がある」と思ってくれているのがわかりました。

けど、家族に必要とされているだけじゃ、私が生きる意味にはならないと思ってて。
私が私のために私に与える「生きる意味」が必要だったんです。

それはある程度元気になるまで見つからなかったから、結局家族の思いに生かされていたんですよね…。

死んでもいいと思ってたけど、死にたい訳じゃなかったし、家族のために死んではいけないと思ってた。
だから、自ら命を絶つようなことはしなかった。

けれど、それは外側から与えられた「生きる意味」であって、私が自分に与えた「生きる意味」じゃなかったんです。

すっかり元気になった今は、死ぬまでの時間をできるだけ楽しく過ごしたい、というのが生きる意味というか…。

老衰で死ぬならまだあと何十年もあるけど、一年後には病死してるかもしれないし、今日この店を出たら事故に遭うかもしれない。
だからいつも楽しく過ごしていたい。

なんか長くなりそうだから、次回に続く。

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