今となってはパチンコに抱く感情など無い。

一昨日、夢を見ました。
夢の中で私は、パチンコのハンドルを握っていました。
何とも言えない後ろめたい気持ちでパチンコ台の液晶画面を見つめ、右手をひねっていました。

あくまでも夢の話ですけど、楽しいとは全然思っていなくて。
楽しいと思ってないのに、やめられませんでした。
私、なんでこんなことしてるんだろうと思いながら、次のスーパーリーチがくるまで、次の当たりがくるまで、次の確変がくるまで…とズルズル打ち続けていました。

夢なんで、もう一人の私が空中から見ているんですけど、「コイツなにやってんだ」と呆れながら、「でも、これは紛れもない過去の私だ」と思いました。

想像でもなんでもない、過去に確かに居た私。
なんていうか、ホントに惨めな気持ちになりましたよ。
なんでそんなことやってるのか?本人もそう思って打ってるのにやめられない。
なんて愚かで、なんて可哀想。
惨めで哀れな、ボロボロの私がいました。

どうして今ごろそんな夢見たんですかね?
パチンコやめて三年半ほど経ちますけど、ここ2年くらいは全然パチンコしたくなってないと思うんですよ。
最初のうちは反動で嫌悪感も抱きましたけど、今となってはもう「無」。
なんの感情も抱かなくなりました。

パチンコ屋の前を通っても無。
ポスター見ても無。
店から出てくる若い女性なんかを見ると複雑な気持ちにはなりますけどね。
他にやった方がいいことたくさんあるよって言いたい。
でも基本的にパチンコそのものに対しては無です。

なのになぜ今夢なんか見るのでしょうか?
油断するなよっていう神様のお告げとか?

いい感情はひとつも起こらなかったので、改めて「もうパチンコはするまい」と思いました。
そういう意味では神様のお告げ説もありますかね。
抑止力にはなったかも。

だって夢の中の私は全然楽しくなかったし、思っていたような昂揚感もなかった。
ただただひたすらみじめで哀れで悲しかった。

だけど、あれに夢中になってしまうことはわかる。
好きだから夢中になるんじゃないし、楽しいから夢中になるんじゃない。
最初はそうかもしれないけど、パチンコを打っている時間のほとんどは「追い詰められて」いる時間です。
だけど、一発逆転できるかもしれない、という愚かな望みが、私たちを夢中にさせます。

大儲けしたら、借金が返せる。
その思いでいっぱいになりました。
夢中になる理由はそれだけ。

本当にパチンコやっててよかったことなんて、ありません。
だから、今回のことも夢で良かった。
パチンコは、もう二度とやりたくありません。
無駄なことが多すぎるから。
今の生活を大事にしたいです。

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