「かわいそうな人」にはなりたくない

今日も、私はパチンコ屋の前を自転車で疾走する。
朝の8:30、夜の20:10。
通勤路にあるパチンコ屋は、今日も昨日と変わらず営業している。
シャッターが閉まっている朝はともかく、夜の帰り道は道行くお父さんや若者が店に吸い込まれていき、あるいは肩を落として店から出てくる。


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その都度開くドアの隙間から、けたたましい電子音が洪水のように漏れ聞こえてきて、そのあまりの騒音に耳を塞ぎたくなる。
少し前の自分。
あのとんでもない騒音の中で、うつろな目をしてた。
私だけじゃない。
あの騒音の中にいる人は、みんなうつろな目をしてた。
あの扉に吸い込まれていく人や、うつむきがちに出てくる人を見ていると、なんともいえない気持ちになる。
こんなことを思うのは非常におこがましいのだけど、
「かわいそう」
そう思ってしまう。
なぜか憐れむ気持ちが生まれてくる。
自分だって、同じ穴のムジナ。
だから私は自分自身をも憐れんでいる。
かわいそうな奴だ、と。
そんな目でみられるのは誰だって嫌だと思う。
少なくとも私はイヤだ。
かわいそうな人間だなんて思われたくない。
だから、私はあの扉にはもう吸い込まれないし、肩を落として出てくることもない。
もっと、もっともっと。
まともな人になりたい。

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